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トップ > 岩手県、宮城県、福島県の女将の声に耳を傾けよう
 
東日本大震災から4年が経ち、道路や鉄道といったインフラの復旧工事は一定レベルまで進んでいる。しかし、被災地の観光はいまだ震災前の数字に戻っていない状況だ。そこで観光庁は、「岩手県、宮城県及び福島県の女将との意見交換会」を開催し、女将に震災後の現状や今後の取り組みについて語ってもらった。震災復興において観光が果たす役割とは何か。風化が叫ばれる今こそ、観光の最前線に立つ女将の声に耳を傾けてほしい。
 

「地域、行政との連携、そして東北全体のネットワーク化がカギ」

対滝閣 大澤幸子女将

  被災地は第2のスタート地点に立ち、これからどれぐらい数字が伸びるのかと期待を持っています。内陸部や西部はまだ復興復旧に向けて何とかしなければと動いている状況ですが、今後は地域、町、市、県、政府、みんなで一緒に、前向きな気持ちでやっていきたいと思っています。そして、次世代へどのようにつなげていくかというもう一つの大事な問題もあります。各宿の娘さん、息子さんはこんな状況ではまだ結婚できない、ここを乗り越えなければという思いで頑張っています。

宮古セントラルホテル熊安 熊谷礼子女将

  東日本大震災以降、いろいろな方々から支えられて前進してまいりましたが、これからは同業の皆様との連携、県を超えての連携、そして商品づくり、地域づくり、人づくりに対して、力を合わせていく大きなチャンスをいただいていると思っております。特に具体的なことを申し上げることはできないのですが、とにかく頑張って観光を盛り上げてまいりたいと思っております。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

ホテル松島大観荘 磯田悠子女将

  松島は比較的被害が少なかったこともあり、私たちが宮城県を引っ張っていかなければと話しています。例えば体験漁業なら隣の町、船で遊ぶなら松島など、自分たちのところだけではなく、隣近所の良いところも宣伝する。今までの観光を見直し、自分たちで新しいモノを見つけていく必要があると思っています。

南三陸ホテル観洋 阿部憲子女将

  町に点在しているお店が苦戦していることが分かり、楽しく地域を巡ってほしいと「南三陸てん店マップ」を作りました。地域住民が遠くの地域の方と交流を持ったことで、「南三陸町が第2の故郷のようだ」と言われるようになりました。人口が簡単には戻らない私たちの町では、この交流人口が大切だと感じています。
 震災で全国から、世界中から人が訪れる地域になりました。「この後岩手県に行くから」「昨日は福島に泊まってきた」など、遠方の人ほど
 広域的に行動することが分かりましたので、今後は隣の県との連携が大事だと思っています。

いわき湯本温泉 雨情の宿「新つた」 若松佐代子女将

  復興の先を見据えた若女将たちから「このままでいいの?」という声が出てきました。愛してやまないいわき湯本温泉を後世に残すためにも、今こそ自分たちが何かをしなければという気持ちになり、2年前から市や商工会議所、市外の専門家の力を借りて勉強会を始めました。地域の素材を洗い出し、発見したのがフラと温泉でした。着物を着てフラを踊る「着物フラ(仮称)」など、町づくりに和とフラを融合することで独立性を見出せるものと考えています。
 

小名浜 割烹旅館「天地閣」 大平淑子女将

  私たちは5年後の東京オリンピックを見据えて海外からのお客様を取り込むために、英会話教室を開いて勉強しています。今後、旅慣れた外国人旅行客は地方に足を向けると思います。日本の良さ、東北の良さは何かをいま一度考えながら、インターネットの活用や観光キャンペーンを展開すると共に、福島の場合は原発事故問題がありますので、安心安全を訴えながら希望を持って集客に努めたいと考えています。
 

旅館 源兵衛 佐藤久美子女将

  観光資源を、蔵王のお釜に頼っているだけで良いのだろうかという思いをずっと抱いていた者が何人かおり、5~6年前から蔵王町が真田幸村ゆかりの地であることに着目し、情報発信に取り組んできました。仙台の政宗、白石の小十郎、蔵王町の幸村と歴史で巡ってもらえる宮城にしたい。それが私たちの目標です。自分たちで作り上げ、自分たちで発信しなければお客様には伝わりません。行政と一緒にやることで、楽しさも発信力も倍になっていくということを、7年前(2008年)の仙台・宮城DC(デスティネーション・キャンペーン)で学びました。今後も行政の力を借りながら一生懸命に情報発信を続けていきます。
 

 
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